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JOURNAL
HOW DESIGNERS MAKE CLOTHES

HOW DESIGNERS MAKE CLOTHES

2022.05.16

HOW DESIGNERS MAKE CLOTHES

服作りの極意
「quitan」デザイナー 宮田ヴィクトリア紗枝

デザイナーの美学と技術、
こだわりの結晶ともいえる洋服。
一着一着に込められたストーリーを
ひも解くべく、
服作りのルーツ、影響を受けた
モノ・コトについて伺いました。

 

原点はアーミーウェアや民族衣装との出合い

2020年にデビューしたブランド「quitan(キタン)」。ブランド名の語源は日本語の「綺譚(きたん)」で、“美しい文章で書かれた優れた物語”という意味だ。デザイナーの宮田ヴィクトリア紗枝さんは、様々な国の文化、古着やアーミーウェア、民族衣装がもつ背景やストーリーが自身の服作りのベースになっていると語る。

「古着や古いものはずっと好き。高校生のときからデニムなどのアメカジやミリタリーの古着をよく着ていました。ミリタリーは同じ服を多くの人に着せることを目的としているので、量産性を重んじた作りになっています。私がデザインした服を生産ラインにのせるという点では、近い作業なので学ぶことが多いです。いまも古着をよく着ていて、着るたびに発見があります。デザインはあまりオリジナルから変えない主義ですが、普段着にするならどこをアップデートするかは考えます。古着にはまった後に民族衣装の面白さを知り、興味を持つようになりました」

古着やアーミーウェア、民族衣装に惹かれる理由は、作り手の思惑や存在を感じるから。好奇心が旺盛な宮田さんは「どうしてこの作りになっているのだろう?」と歴史背景をつい深掘りしてしまうのだという。このエネルギーが服作りの原動力になっている。

「人を想像するんです。例えば、古い民族衣装によく見られる身頃の真横についた袖。この服の作り方は、情報の伝達手段が発達していなかった時代にもかかわらず、いろいろな地域で同時多発的に生まれたそうです。それから平面的な服にパーツを加えて動きやすく、立体的に改良されていく。そういった技術の進化、偶発性の不思議さに魅了されます。他の例だと、人間は狩りだけしていた時代が最も長かったのに、あるとき突然、壁に絵を描きだしたそうです。この急な変化も、様々な場所で同時多発的に起き、『意識のビックバン』と呼ばれています。人の脳の突然変異なのか、それ以降は文明が飛躍的に進化しました。このように、人の気づきややることは、どこの国でも根本的には変わらない。とてもイマジネーションが刺激される事実です」

ブランドの哲学、
サスティナビリティについて

quitanがブランドとして大事にしていることは何か尋ねると、「適量の追求」と即答する宮田さん。洋服が作られすぎている時代に、新しく立ち上げる洋服のブランドの存在価値を自問自答し続け、導いた答えだったという。

「洋服を通して何を残したいか考えたときに、手仕事も好きだし、作って下さる生産者も大切にしたいと思いました。であれば1000枚規模で洋服を作るのではなく、30枚だけでも丁寧に作り続けていくことに価値があるのではないかと。数が少ないからこそ可能な手仕事を取り入れることで、手間と時間をかけ、量と質と価格のバランスを取っています。ブランドの核としては、『手仕事』『量産性』の2つがテーマです」

日本、フランス、ブータン、インド…。様々な国で洋服を作るquitan。その産地の選び方にもブランドの姿勢が表れる。

「正直、生産国に強いこだわりはないんです。でも、遠くにあるものと結びつけたときに生まれる面白さと、そこで作る理由があれば、距離がある場所に飛ばしてでも洋服を作りたいと考えています。その地域に根付いているもの、ルーツ、一緒に仕事をしたいと思える人たちとの出合い、伝統技術の継承、女性の雇用につながるなど、理由は様々。適材適所というモットーで生産地を決めて、その点と点を線で繋ぐようなものづくりがしたい。それがquitanらしさだと思っています」

パンツ以外のサイズ展開を減らしているという点にも、他のブランドとは一線を画すユニークなこだわりがうかがえる。

「着物袖のデザインを用いることにも理由があります。肩のラインを合わせる必要がないので、1サイズのなかで着られる人が増えるんです。結果、洋服のユニバーサル性、ユニセックス性へと広がっていく。デザイナーとして着て欲しいフィット感もないので、ブランドの個性が様々な人のパーソナリティにはまって馴染んでいくといいなと考えています。着たときにどんな人が作っているのか想像がつきにくい洋服は、興味を引いておもしろいですし。民族服を現代にアップデートさせるような感覚で服作りをしています。ただ、アイテムによっては、オリジナルの民族服に忠実にとてもシビアなフィット感のものもあるので、パタンナーさんには、一つのブランドでここまでサイズ感に幅があるのは珍しいと言われます」

服作りのプロセスと
コレクションの根底にあるストーリー

quitanの定番アイテムは、デニムのワークパンツ、タイパンツ、シーズナルカラーで展開する着物袖のトップスなど。洋服を作るプロセスもいたってシンプルだ。

「まずは、生地作りからスタートします。後々、値段や数の制約が出てきますが、この時点では、全くの自由な発想で取り組みます。生地作りは参考にしたい資料があったり、いい糸を見つけて思いつくこともある。他にも手紡ぎ手織りの風合いを機械織りで再現したり。この作業と同時に使う色を決めて、できた生地から想像しうる洋服をデザインしていきます」

仮説して検証する。デザイナーの仕事は、まるで一人研究発表の繰り返しだと笑う。しかし、洋服をコレクションに昇華する、まるで歴史映画のような壮大なストーリーを展開する作業が、“らしさ”でもある。

「コレクションは、色を選んだ理由などを掘り下げてひとつの物語を想像します。2022SSシーズンなら、頭の中に旅を感じられるムードにしたいという想いがありました。さらに、“では誰が旅をしているか?”を考えたときに、中世の吟遊詩人が浮かび上がる。彼らの詩や歌を唄いながら旅する牧歌的で明るいムードと、一方で、当時は十字軍のエネルギッシュな働きかけで世界中に広まっていった物事や文化について思いを馳せました。

例えば、楽器や音楽の広まり。ウードという楽器が西洋にわたりリュートになり、レベックがフィドルになり、バイオリンやチェロに進化して、その変化とともにルネッサンス音楽なども誕生しました。悲しいけれど、人々の戦いなどによっても人類文化は生まれます」

服作りに影響を与えたモノたち

インドとトルクメニスタンの民族衣装

「インド、カッチ地方のラバリ族の民族衣装。男性用でサルエルパンツのようなボトムスを合わせて着ます。丈は短いですが、身幅はかなり広い。文字をもたない民族なので、ラクダや星といった刺繍のモチーフに各々意味があるそうです。民族衣装は、細かい手仕事とその効率の悪さを見るのが楽しみ。豪華さや美しさでステータスを競う文化があるのもおもしろいんです。この衣装は真っ白いタイプもあるので、これは結婚式などに向けた正装かもしれませんね。また、刺繍糸に化学染料を使っているので、それほど古いものではなさそう。この羽織を参考にして、ブラウスを作りました。

そして、生地作りの参考にした、トルクメニスタンの羽織は、表地は天然染料で染められたとても古いもので、長い間、大事に着られてきたことがわかります。ただ、裏地を誰かが直した跡があって、それは割と新しい素材でした。インディゴ染めと天然染料で染められたイエローが唐桟縞に織られていて、直線的な作りなので着物との共通点がありそうです。経糸と緯糸の表情が様々なのは、きっと糸の番手が揃わなかったためだと思います」

古着のカーゴパンツとデニムパンツ

「フランス軍のカーゴパンツは、縫い目から裾の処理まで、とても美しい仕様で作られていて、服の作り方にお国柄が出ているのが興味深い。一方、アメリカ海軍のデニムパンツは生地のウェイト、全体があせていくフェード感が好きです。これらのパンツとは異なりますが、例えば、止血帯が付属していたり、パンツの脇を進行方向に倒して兵士を鼓舞する機能やディテールといったように、量産向けに作られた合理性も見所。生死に関わる洋服を大量に作る工程は、機能をいかに簡略化するかが考え抜かれた合理的なものだったのではないかと想像します」

ルネサンスの弦楽器、リュート

「ギターの先祖であるリュートは、ルネッサンスやバロック時代の楽器。実際に奏でてみたいと思い、先生に習っています。元々はアラビア発祥の楽器で、西洋に渡るとギターに進化し、東アジアに行くと琵琶になったのだそうです。

古楽、ルネッサンスやバロック音楽が好きで、他にもチェロ、おもちゃのミニピアノを弾いたり、部屋の中のあちこちに楽譜を貼って練習しています。音楽も服も同じで、発祥や進化の変遷を知ることに喜びを感じますね」

THE LIBRARY取り扱いアイテム 
デザイナーのおすすめポイント

インドの織物で作った「シャツドレス」

「中世にヨーロッパの吟遊詩人が着ていた、左右で柄を切り替えた服のデザインをヒントにしました。ガンジーが復興したことで知られ、インドを代表する伝統的な手紡ぎ手織りの綿織物、カディを使っています。また、袖は肩にラインが入らない着物袖なので、ダボっとさせて小柄な方にはもちろん、男性にも着ていただきたいです。人を選ばない誰にでも馴染む服として、手にとってもらえるといいなと思っています」
LONG SHIRT KHADI DRESS ¥ 36,300(税込)

フランスで作った「マキニョンコート」

「馬商が着ていたコートをもとにしたデザインです。30年代の軍服ベースのテーラーのような作りで、胸のラインの美しさがとてもフランスらしいと思います。菜の花の一種の葉の色素で染めるヨーロッパで当時主流だったパステル染めを取り入れました。三千年前の絨毯にも使われていたとされる伝統的な染色の技法なんです。16世紀頃、フランスにインド藍が伝わり、一時は衰退した染め方でしたが、この技法を復活させた工房がフランスにあり、そこで生産しています。生地はフレンチリネンで、春夏シーズンにだけ展開するアイテムです」
MANTEAU MAQUIGNON - BLEU DE PASTEL ¥ 75,900(税込)

ハイブリッド染めの「カフタンシャツ」

「カフタンシャツをイメージして着物袖にアレンジ。化学染料と天然染料を使用してハイブリッドで二度染めています。理由は2つあり、1つ目は天然染料によって揺らぎの風合いを出したかったから。自然由来のものの良さを伝えたいと思いました。2つ目は、毎日着て欲しいから洗濯しやすくするために化学染料を使っています。ハイブリッド染色の特徴を前面に出したかったので、要素を減らしたプリミティブなデザインの服に仕上げました」
KAFTAN SHIRT LINEN LAWN ¥ 29,700(税込)

宮田ヴィクトリア紗枝 Sae V. Miyata
1990年、米国シアトル生まれ。ものづくりに携わる仕事をしたいと思い、営業として関西のデニムブランドに就職。その後、インポートブランドのPRやユニセックスブランドの企画を経験する。2020年にアングローバルに入社し、2021ssシーズンより「キタン」のデザイナーに就任。

 

Photography by Daisaku Kikuchi
Text by Aika Kawada
Edit by Masumi Sasaki